BeBeちゃんの憂鬱

努力をしない人との付き合い方

aloha

お久しブリーフ。

東京にいる間は、毎日睡眠時間を確保するのも困難なほど、1日の予定が詰まってしまうので、ついついブログの更新が後回しになってしまいます。

こっちにいると、1日に何人もの人との出会いがあります。

私のことをBeBeと認識している人もいれば、中には私のプロフィールを全く知らない人もいて、世の中には本当に色んな人がいるもんだと・・・驚くこともあれば、呆れることもあって、1日があっという間に過ぎていきます。

毎日、朝起きると今日はどんな人に会えるのかな?とか、どんなお家の監修なのかな?とか、新規の出版の打ち合わせだと、どんな内容のものかな?とか、ウキウキしながら1日が始まります。

嬉しいこともあれば、腹も立つこともありますが・・・それでも毎日、何か予定が入っているというのは、本当にありがたいことです。

最近は、私の仕事内容も大きく変わって来ました。

10年前はタロットの鑑定をメインにしていたけれども、リリアン・トゥーからフライングスター風水の知識を学び、その後はひたすら風水の勉強をしつつ、鮑義忠先生から、改めて八宅や伝統派玄空飛星を学ぶ機会に恵まれ、ここ2〜3年は鑑定ではなく、コンサルのお仕事がメインになって来ました。

土日に休みが取れず、大好きなセミナーも以前ほど頻繁に開催できなくなってしまいましたが、夏頃にはまたベーシックの風水セミナーも開催したいなぁと考えております・・・。

セミナーと言えば、今月からスーパーアドバンスのクラスがスタートします。

今回は特別に鮑先生にお願いして、出版用の大切な資料をお借りして、24山のフライングスターチャートをはじめ、生徒さんがこれから、プロ風水師として活動できるように、専用のテキストを製作し、台湾で風水師の必須アイテム『ろはん尺』も買い揃えて来ました。

今月のスーパーアドバンスは、『来水去水』と言って自宅がある場所にどこから水が流れて来ているか、そしてどこにその水が流れていっているのか?を学ぶ風水師の必須科目を開催します。

国内の風水セミナーで、これほどまで徹底的に専門知識や情報を惜しげもなく公開するのは、私どもの風水クラスだけだと確信しております。

おそらく、私のスーパーアドバンスの生徒さんたちの方が、巷の自称風水やってます!みたいな独学適当風水師さんより、知識が豊富かつ精度の高い監修が出来るのではないかしら・・・などと思う親バカなあたくし。(ほっといてくれ・・・w)

今回からは実践だけでなく、風水監修できちんと収入を得るための、コンサル技術なども学習する予定です。

先ほども少し触れましたが、私の仕事は毎日違う人に出会います。

当然、同じ人に会うこともありますが、大抵は新しく出会う人が多いのですが、最近とにかく感じることは、大人のアスペルガー(AS)という方が多いということ・・・。

この内容、私のような職業の人間が触れると非難されるのは覚悟の上なのですが、とにかくこのASや発達障害という方があまりにも多い。

職業柄、こういう方々と関わるのは珍しいことではないので、私なりにこれまで、専門職の方にASの人との安全なおつきあいの仕方や、接し方などを教えていただいたり、本を読んで学習したり自分なりの努力をして来たのですが、今回ちょっとだけ心が折れそうな経験をしました。

ASの人の症状に『空気が読めず、人を傷つけることを意図せずに言ってしまう』というのがあるそうです。

私たちの周りには日常的にこういう人がいますから、それほど驚くこともないのでしょうが、参考資料によると、『アスペルガー症候群の人は人の気持ちに共感したり、想像したりすることが苦手な傾向があり、相手の容貌の変化などについて「太ったね」と率直に口にしたり、上司のミスを見逃せず面と向かって注意してしまうことがあるそうです。』

当然こんな態度では、職場でのコミュニケーションがうまくいくわけもなく、自分でもよく分からないまま、周囲から孤立してしまうこともしばしば・・・。

子育て中の定型のお母さん方が一番頭を悩ますのが、ASの母親を持つお子さんや、ASのお母さんとの関わり方、定型の人がどう頑張っても揉め事やトラブルが後を立たない。

結果ASの母を持つ子供も当事者のお母さんも孤立する・・・でも、孤立の理由がわからないから、当人は虐められていると誤解する。これは虐めではなく、定型のママたちなりに、これ以上関わらないよう、自分と子供の身を守っているだけなのです。

子供のうちに気づいてあげられれば、色々と対策もあるのでしょうが、大人のASはなかなか理解されにくいのが現実です。

そして、今回私もこのASの女性に驚くような対応をされて、正直怒りがこみ上げて来たのです・・・。

ご自分で、ASの診断をお持ちだとおっしゃっていたので、私も彼女と関わる時は細心の注意を払っていました。当然会話をしていると、KYな内容のものが飛び出すことは日常茶飯事でしたが、『ASの診断を持っている』と言われてしまうと、どんな対応をされても、何を言われても・・・正直私は耐えるしかないのです。

私のような職業の人間には、”何をしても何を言っても許される”と思われがちですが、私も人間ですからやはり何をされても、何を言われても、何でもかんでも笑って許せるほど、神ではありません。

しかし、このAS診断を持つ女性は平気で私に対し暴言を繰り出し、当人は全く悪意がないという脳の回路に・・・いささか恐怖を感じてしまいます。

そしてこの女性、不思議なことに全く努力をしようとしないのです・・・。

自分はASの診断を持っていますから・・・と、まるで私は選ばれし者!と言わんばかりにASを盾に、私には何をしてもいいと、何を言ってもいいと思っていらっしゃるようで、先日私もとうとう堪忍袋の緒を自ら切ることにしました。

 

ある方のブログ(泰斗さんという方のブログです。アメブロの方でリブログしています。)に、とても納得できる内容のことが書かれていました。

発達障害には自分が発達障害だと自覚し、努力することが出来る人と、努力出来ない人の2種類が存在するそうです。

不器用、純粋、愛情表現が下手、感性が独特。

このように解釈して定型(アスペルガーではない人)が許容できるアスペルガーは、前者だけです。

つまり努力しているASさんとは、私たちも何とか折り合いをつけて関わっていけるけど、そうじゃない人とは関わるのは不可能、つまりそこを無理して偽善者ぶると、私たち定型の心が壊れてしまう危険も潜んでいるということ。

私が思っていたほど、ASという症状は生易しいものではなく、凄まじい破壊力を持っていました(苦笑)恐怖すら覚える人格・・・・。

でも、本人は全くそれを気にしていないどころか、AS という診断をまるで特別な冠のように掲げて、自分に親切にしなさい!私は特別なんだから!と、言わんばかりの態度には正直吐き気をもよおしました・・・(正直者ですみません。)

最近、この発達障害(AS)という言葉が、悪用されているような気がするのは私だけでしょうか・・・。

私も、人が視えてはいけないものが視えるという点では、統合失調症の類か脳の回路の障害なのでしょうが、私の脳の障害は人を陥れたり、人を攻撃したり、人を不愉快な気持ちにさせるようなことを”自動発射”したりしません。

人を守ったり、助けたりする時だけ、私はこの脳の障害を利用します。当然自らでコントロールしています。

巷によくいる、何となく霊が見えるとか、気持ち悪い感じがするとか・・・そういう不安定なものではなく、私の場合はかなり正確に視えてはいけないものが視えて、聞こえてはあかんものが聞こえますが、普通の人間として生きていくためには、こういう脳の障害ともうまく付き合っていかなくてはならないので、自粛もしますし、視えていても何も視えないふりもします。

私は、幼少の頃から普通を装うために、とても努力をしながら生きて来ました。

今でも普通を装うためなら嘘もつきます・・・。

嘘をつくことで視えているものを伝えなくてすみますから、人を守るための嘘をつくのは、当然の気遣いだと思っています。

視えてはいけないものが見える自分を正直気持ち悪いと思っていますし、見なくていいものを見なくて良い生活ができる人を、とても羨ましいと思います。

どうすれば普通になれるのか?どうすれば”気持ち悪い”とか、”怖い”と言われなくて済むのか・・・いつも考えているし、普通でいるための努力は惜しみません・・・。

対話中に血だらけの女性が相手の体に覆いかぶさったとしても、顔色ひとつ変えずに会話を進めるし、何を見ても何を聞いても口には出しません。

たまに、会食中に口から物を落としそうになる時があります・・・かなりの惨劇をリプレイしている時ですが、何を見ても私は動揺しません。

でも、視えているものを全く視えないふりして会話を進めるのは、結構大変なんです。しかし、それも努力と長年の経験で乗り越えています・・・。

私は、自分のことを”努力している基地外”だと思っております(苦笑)

 

泰斗さんという方のブログには『努力していないアスペルガー』について書かれています。

努力していないアスペルガーさんには、困っていることはないそうです・・・。(これ本当に驚いた・・・。)

(注)ここからはコピペですので、本文はアメブロのリブログをご覧ください。
努力していないアスペルガーは人と上手く付き合えていないとも、上手く付き合いたいとも思っていないからです。人と適切に関わりたいという気持ちさえない場合、他人が出来ることは何もありません。

そして、努力しないアスペルガーと近距離で関わると、定型の心は確実に死んで行きます。

人の心を滅ぼすアスペルガーは、努力出来る人ではありません。
反省できる人ではありません。
人を傷つけたことにも気づきません。
自分に原因があるかもしれないと考えることもありません。

定型が必死にコミュニケーションを取ろうと働きかけても、努力しないアスペルガーはそれを必要としません。

何と言っても、困っていないのですから。

この記事を読んで、何というか心が楽になりました・・・。

私はどんな方とでも、平等に接するべきだ・・・と、自分の中で決めつけているところがありました。でも、努力をしない人や、嘘をついてもそれを嘘と認識できない人、人を傷つけているという自覚を持てない人、そういう人とはあえて距離を置いてもいいんだ・・・と、そう思うと何だかとても心が軽くなりました。

私は、視えてはあかんものが視える、自分の”脳の障害”に幼い頃からずっと引け目を感じているので、どんな人とでも仲良くして、相手に不快な思いをさせないように自分なりの工夫をして来ました・・・。

しかし、大人になった今、関われない人もいるのだ、私の努力ではどうしようもない人もいるのだと・・・やっと気づかされました。

どんな人とでも関わっていける・・・あたくし奢っていたのですね・・・。

関われない人とは距離を置く・・・何よりも自分のためですね・・・今回は本当に、いい勉強になりました。

 

 

 

 

 

 

 

POSTED COMMENT

  1. より:

    asとの関わり方は家族でも手を焼くのに、そこまで深い関わりがない方は正直難しいと思います。
    すごく身近にいます。
    仕事をサボることは当たり前。
    注意すればいいわけ。
    自分の思う通りにならないなら発狂。
    他人を傷つけることを平気で言う。
    とにかく冷静に話ができないんですよ。
    怒り心頭に喧嘩して、窓ガラス一枚割ったこともあります。
    胸ぐら掴んで泣きながら喧嘩したこともあります。
    そんなとき、必ずいうのが
    『だって病気だから、仕方ない。わからないもんはわからないんだもん』

    BeBeさん。
    私ね、初めて貴方の電話鑑定を受けて指摘をされて心配で専門機関受診したんですよ。
    そこで、軽い傾向があるって言われました。
    でも、病気に負けたくなくて頑張って人と関わらなきゃ仕事もできないからと。
    常識的なこと、人が傷つく事、ダメなことを考えて、考えてもわからないことは人に聞いて、それですこしずつ感情でなく頭で考えて落ち着いて過ごせているんです…。
    自分発信してごめんなさい。
    周りが努力しても本人が変わろうとしないならば、深い関わりは本当に不要だと思います。
    私もその身近な人とは極力関わりません。
    ただ、親はとても偉大です。
    見捨てることもできない、周りから言われることに言い返すこともできない。
    本人から一番傷つくことを言われても泣くことしかできない。
    それに比べて、asを擁護される方の意見がなんて適当か。
    私たち家族はこれからも向き合っていかなくてはいけないので、その方が身内でなく、他人であればBeBeさんも他の方も深い関わりはやめた方がよろしいかと思います。

    努力しようとしない人を正そうとしたって時間の無駄だし、行動したこと全てが裏目に出たりもするのですから。
    突き放すこともある意味優しさです。

    障害だからといって、出来ないことばかりではないから、できることを少しずつやっていけたらいつか大きな成果がでるのかもしれませんね。
    病気だから仕方がないで、生活できるわけがないですから、私は一生苦労してでも障害だから頑張るを意識して生きたいと思いますよ^ ^
    負けそうな時は、我慢せず逃げてくださいねBeBeさん,
    逃げるは恥だが役に立つ!
    ですよ(^ω^)

  2. BeBe より:

    綾ちゃん
    こんにちは、BeBeです。
    いつもツイッターで絡んでくれてありがとうね!!

    綾ちゃんのASは専門のテストでなくては見抜けないほど、軽いものでした。私はエネルギーで物事を判断するので 、綾ちゃんのASにはすぐ気づきましたが、大抵の人は綾ちゃんのASの傾向には気づかないと思います。
    そのくらい軽度のものですが、綾ちゃんがあの日からとても努力しているのは私も気づいていました。
    一生懸命人の気持ちを配慮して、私にもいつもツイッターで優しい言葉をかけてくれる綾ちゃんが私は大好きです。

    最近私は、ASが病気というのも、『当人には都合のいいことね。』って思うようになっています。
    『だって病気だから、仕方ない。わからないもんはわからないんだもん』

    定型の人間と共存共栄するにあたって、定型の人間ばかりが我慢を強いられるというのは、おかしな話です。
    定型の人間ばかりが努力をして我慢をして、ASを理解するように歩み寄りをしなくてはいけない。

    それってとても不公平では?と思うんです。

    ASの診断を持っているのであれば、定型の人たちと共存共栄できるようにASの人が努力をしてくれなくては、私たち定型が行き辛くて仕方ありません。

    他人の気持ちが配慮できないという病気という雑な理由だけで、何をやっても許されるはずがないのです。
    理解しようと努力をするべき。

    今回綾ちゃんのコメントを見て、綾ちゃんがとっても努力していることが嬉しくて、そして凄いな〜って!!感動しました。
    私は頑張ってる綾ちゃんを尊敬します。

    どうかこれからも私と仲良くしてね!!

    BeBe

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