BeBeのつぶやき

霊能なんていらない・・・というぼやき。

お盆ジュールBeBeです。

このお盆という時期は、私にとって1年で一番辛く、そして自分の商売にとことん嫌気がさす時期です。
霊能なんてつくづく要らない・・・。

幼い頃から視えていることが当たり前のことだった私にとってのお盆のイメージは「霊界の扉が」開く。
確かにこの時期は霊の存在をいつも以上に感じます。
だからといって特別に怖いとか嫌だという感情はなく、ただこの時期は「そういう時期」仕方ないんだと思っていました。

まだ幼かったころ、霊視をすると人から気持ち悪がられる事が嫌でタロットという占術を身につけました。
タロットというツールでカモフラージュ出来ると思ったからです。

でも、子供の頃は気持ち悪がられたのに、大人になると半ば強制的に霊視を迫られます。

食事会の席でうっかりスピリチュアルカウンセラーであるという事がバレると、当たり前のように聞かれるのが・・・。
「私、なんか憑いてませんか?」

この言葉を聞くと未熟者の私は見事に食欲が失せます。
「あ〜またか・・・。」

ある日の夜、くつろいでいると携帯が鳴り電話に出ると・・・。
「今、友人の経営者と飲んでるんだけど飲みに出て来ない?」
断ると、「じゃ〜〇〇さんのこの先の会社の経営について教えてくんない?」
「いや〜今BeBeちゃんのネタで盛り上がっちゃって、是非面白そうだから社長が会いたいっていうんだよね!」

あたしは酒の席の面白ネタか?
ふざけんな・・・。あ〜未熟者。

先日は「夫の自転車が盗まれました、犯人は誰ですか?」という緊急電話も受けました。
あたしは警察か? 
はい、こちら七曲署!・・・古っ!!

今日の朝一の電話は「子供が行きたがるから夏のお泊り会に行かせてもいいですか?何を持たせていけばいいですか?」でした。
それ?あたしに聞くことかい?
河童って答えちゃおうかな・・・やっぱ未熟者。

何も自分で決断出来ない大人が多すぎます。
何でも聞けば答えてくれる :ooo: 電話一本で悩まなくても済むし、話も早い。
人生は悩んで苦しんで失敗してそこから学んで成長して・・一進一退を繰り返し魂の修行を終えるその時まで、己の頭で考え、己で判断し、過ちを認め受け入れ、そしてそこでやっと学び実りとなるものなのに。

頼れば簡単・・・聞けばいいじゃない。

人間は一人で生まれて来て死ぬ時も一人。

他人に頼ってばかりの人生では何も成長がありません。
頼るといえば聞こえはいいですが、それはいつの間にか「依存」になっていくものです。

してくれて当然、あの人ならやってくれるだろう・・・当たり前のように感謝の気持ちを忘れると、ドボンと落ちる落とし穴。
ネガティブな人というのは落ちてから這い上がってくるまでにかなりの時間を要します。
ポジティブな人というのは、過ちを認め、受け入れ、さっさと修正してホイホイと這い上がってきます・・。

私は自分の霊能が嫌いです。
これを言うと「何でお前スピやってんだよ!」と罵声を浴びせられますが・・・。
このせいで、私は本当に生きていくのが嫌になる瞬間があります。

それは人の死の時間に立ち会う時。
動物でも同じですが・・・。

視えていても絶対に認めたくないし、答えなければ嘘つきよばわりされ、でもそれを言葉にすると「言霊」の威力は恐ろしい。
でも聞かれた事に答えなければいけない・・・だってそれが仕事だから?
霊能のせいで追い込まれていくのは結局私自身です。

所詮は未熟な3流へっぽこ霊能者ですから、どんなに頑張った所で宿命には逆らえません。
神様のルールにも….。
それでも浅はかな私はなんとかなるんじゃないか?今回だけは特別なんじゃないか?
そう思ってしまいます。

あの時、私がこういう指示を出していれば・・・。
あの時私がこうしていれば・・・。
あの世のからくりに私ごときがどんなに頑張ってもかないません。
かなうはずないのに・・・それでも私は逆らいます。
当然、逆らえるはずもないのに、愚かなことを考えます・・・。
そして、後悔で苦しみます。

もし、あなたが霊能というものに興味を持っていて、それをいとも簡単に後天的に授けてくれるセミナーなんてものが存在するのであれば、決して行くべきではありません。
自らそんな業を背負う必要なんて私はないと思います。

スピリチュアルに関連する能力・・・簡単に授けられるような事を言っている人こそ胡散臭い。
お金を払って何時間か講習を受けたらあっという間に開花する・・・そんなに簡単なシステムだったっけ…..?

まじめな事書いてすみません。

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