aloha
今日はちょっと真面目なお話を(って、いつもふざけてるみたいじゃん・・・笑)お届けしましょう。
悲しい記憶や辛い記憶・・・嫌な経験や体験。
誰にでも一つや二つあるものです・・・。
体の傷は、時間とともに消えていくけど、心に深く負った傷は時間だけではどうにもならないこともある。
悲しい過去や辛い体験を一般的には”トラウマ”と呼びます。
トラウマを抱えてしまうと、嫌な体験を思い出した時・・・感情を司っている”右脳”が興奮状態になります。
同時に今度は記憶を処理する左脳の活動が低下してしまう・・・そうすると脳の活動がアンバランスになってしまう。
感情の全てを司る脳の活動に支障を来すと、当然心も体も何かしらの影響を受けます。
実は私にもその手の記憶はたくさんある。
一番最新だと今年の6月かな・・・これは本当に笑えなかったな・・・。
遡れば・・・去年の7月・・・豊洲で受けた暴言の数々は未だに一言一句が心に突き刺さる・・・。
「どこの馬の骨ともわからない人間に家に上がり込まれた・・・。」
「胡散臭いツボを売りつける気だろ?」
「あなたのような人間はとても気持ち悪い。」
初対面の男性にいきなり暴言を吐かれ、土下座させられ私だけでなくご先祖様まで侮辱された・・・あの日湧いた憎しみを忘れることはない。
忘れるつもりもないけど・・・。
悲しい記憶というのは、思い出すだけで吐き気をもよおし、涙や震えが止まらなくなる・・・。
でも、これを完全に忘れることが出来るはずがない・・・。
そんなに簡単なものじゃない・・・。
そんな時私は、記憶の倉庫に一旦これらを仕舞い込む事にしています。
一般的にはあまり推奨されていない『記憶に蓋をする』という行為の一種ですね。
この蓋をして奥の方にしまい込んでしまう方法が、私には一番合っているように思います。
私の憎しみや悲しみというのは、おそらくとても深いもののようです。
だからこそ、『お塩で浄化〜!!』とか、そんな効き目のないことをする気がない・・・。
受けた憎しみや悲しみとは、一生付き合って行こうと思っています。
私の悲しい記憶との付き合い方は、少し変わっていて記憶の倉庫にしまい込んだ悲しい思い出を、忘れる努力をするのではなく、時々引っ張り出して自分への警告として使用します。
人間は、調子の良い時ほど足元をすくわれます。
運がいい時ほど私は気を引き締めるように努力しています。
悲しい記憶を「浄化」「消去」するのではなく「受け入れる」方法をとっているようですね・・・。
起こったことは変えられません・・・だから「受け入れる」そして『手放す努力をする』
手放せる時まで、記憶の倉庫で保管する・・・・。
”忘れる”ことが出来るはずがない・・・心の傷はそんなに簡単に癒えるものじゃないから。
ならば・・・”潔く受け入れて” ”手放す”方が私には向いているような気がします。
”気にしない”という言葉があります。
これは悩みや悲しみを「大きな木(気)にしない」でね・・・ということ。
逆の”気になる”は、悩みや苦しみを今以上に『大きな木(気)になる』つまり大きくしてしまうということ。
昔、仏教法話の時間に大好きな木村住職が言っていた言葉。
「気にしない」私の大好きな言葉です。
悩みや悲しみ、不運をこれ以上大きな木(気)にしないように。
とてもシンプルだけど、悲しい記憶は『気にしない』。
それでいいのかな・・・って最近思います。
mahalo
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