Aloha
昨夜の大雪の中、引きこもり中の私たち姉妹とチワワのうきわちゃんの為に、鮑先生が”ケンタッキー”を、お部屋まで届けてくださいました。
都内の感染状況を見ると、飲食店はかなり危険なエリアと化し・・・個室があるような安全なお店は、お食事の際にワクチン証明を求められます。
とても申し訳なさそうに『ワクチン接種証明はお持ちでしょうか・・・?』と、スタッフの方に聞かれるたびに、笑顔で『接種証明を』見せると、ほっとした顔で『大変失礼いたしました・・・ありがとうございます。』と御礼を言われるのですが、なんとも言えない気持ちになります。
世の中には、ワクチンを接種したら『感染しない』と誤解していらっしゃる方も多いようですが、あくまでも重症化を防ぐ為の予防措置なので、感染しないわけではありません。ワクチンを打てば『感染しない』という思い込みは非常に危険です
『思い込み』といえば、『思い込み』と『執着』という言葉は、言葉の響きは違えど、何か似たような意味があるように、思った事はありませんか?
できる事なら、大きな不安を抱える事なく、心穏やかに過ごしたいのに、思うようにいかない。自分はこうあるべきだ!とか、やるべき事に縛られて、焦ったり、息苦しく感じたり。
これって、もしかしたら思い込みや、執着という感情が自分自身の心を、窮屈にしてしまっているのかも、しれません。
禅のことばには『放下着(ほうげじゃく)』という言葉があります。一切の思慮分別を捨て去ることで、心の重荷から解き放たれ、心穏やかになれるという教えのことですが、私たち人間は、『欲』というものを『捨てる、手放す』という行為が、あまり上手ではありません。
『欲』は物質的なことだけではなく、思考や過去の記憶というような、無形のものも同じで、捨てたいと思っても、なかなか捨てることが難しい感情です。
ところが、考えてみればおかしなことなのですが・・・・。
私たち人間の命は有限ですから、どんなに執着しても死ぬときには、あの世に『ソレらを』を持っていく事ができません。
人生を電車に例えるなら、生まれた時を始発の駅(つまり電車に乗車した日)だと仮定すると、電車は始発駅を出ると、、目的地に向かって走り出します。
最初から満員電車で走る電車もあれば、程良い乗車率の電車も存在するかもしれませんが、いずれにせよ、終着駅に着くまでには、途中下車の人もいれば、途中乗車の人もいて、席が空けば、我先にと席を奪い合い、人によっては席を譲り合ったりしながら、終着駅を目指します。
途中の駅で降りる人を、”死んでいく人”と仮定し、途中の駅で乗ってきた人を”生まれてきた人”とするならば、始発から終着駅までに、色々な出会いや別れがあり、電車の座席数という社会的なポストや立場を奪い合いながら、苦しみ、成長します。
ただ、電車には終着駅というものが存在します。
終着駅につけば、人生という電車から、降りて行かなければなりません。
必死で奪い合った椅子(立場、地位、名誉、お金、財産、家族や愛する人やペット・・・)の何一つ持っていくことは出来ません。
人それぞれ、色々な人や物事に執着して苦しんでいます。
みなさんは『知足』という言葉をご存知ですか?
知足天の略であり、欲界六天の第四天で弥勒菩薩が住むところ、兜率天の別名のことで、己の分をわきまえ、身の丈以上を求めないこと、分相応のところで満足すること。
つまり、足る事を知る、自分の分相応を知る、という意味があります。
この世は諸行無常の世界。
一切は移り変わり、やがて執着していた物が失われるときがやってきます。
モノや地位に執着しても、いつかは手放す日がやって来ます。
少し話しは逸れますが、先月実家に帰省中にCHANELのバニティをうきわちゃんが、カミカミしてしまいました。
多分・・・20代の前半くらいに、お金を貯めては日本とホノルルを行ったり来たりしていた頃に、清水ジャンプして鼻血垂らしながら、ワイキキのCHANELで自力で購入したCHANELバニティ・・・。
本当は、CHANELロゴが前面についているタイプの物が欲しかったのですが、当時これしか店頭になくて・・・。
ぱっと見は、ただの黒いバニティなのですが・・・。
さりげなくCHANELの主張が。
当時の私には身の丈以上のお品でしたが、これを持って『オーディション』に行こう!と自己投資を兼ねて購入した思い出の品です。
当時は、持ち歩くのも恐れ多くて(笑)結局、仕舞い込んでしまって、あまり使う機会がなかったので、最近になって日常使いにしていたので、少々傷んでしまいましたが、それでも”CHANELのバニティーを持っているんだ〜♪”という、ようわからんプライドと見栄で持ち歩いておりました。
以前の私なら、犬が噛んだら『無理してでも新しい物を購入』したかも知れません。
リペアに出して、また使い続けるという選択肢はなく・・・。
古いものを治して使うよりも、新しい物を手に入れようとしたと思うんですよ。
だって、CHANELなんだもん・・・・。どうせなら新作がいいよね・・・みたいな。
まぁ・・・見栄ですよね(笑)リペアしてまで、こんな古いCHANELのバニティーを使う必要ないよね〜。
みたいな感じ。
でも、最近は私も歳を取ったので、こういう見栄は何の得にもならない事を学びました。
見栄やプライドも、一種の思い込みや執着です。
プライドや学歴の高い人間は、人の言葉に素直に耳を傾けることが、苦手な傾向があるようです。
学歴がどれほど高くても、高い給料が保証されるわけではありませんし、プライドだけで高額なお金が稼げるわけでも、ありません。
高学歴やプライドの高い人は、自分より若い人や学歴の低い人間から、学ぶ事はないと思ってしまうのかもしれません
こういう思い込みや見栄って、成長を妨げますよね。
いくつになっても、『人の言葉に耳を傾けられる』人間でありたいものです。
そして、無意味な執着心に苦しまない人生を、送りたいと思います。




