神様

鏡の術式

aloha

これは、通称ムーニャン(九天玄女娘娘)の鏡。
covid19で台湾が渡航禁止になるほんの数ヶ月前、2019年12月に私が台湾のとある古美術のお店で見つけた特別な鏡です。
手のひらに乗るサイズのこの鏡は、当時鳳凰がデザインされたものを柄違いで3つ購入しました。

そのまま、廟(七玄宮)に持ち帰り、自ら開光し大切に保管していたものです。
パッと見は、ただのコンパクト風の鏡ですが、呪術の知識をもって使用すれば、不運を幸運に変えると言われている、ちょっと嬉しい鏡ちゃん。(販売はありません・・・すみません。)

私たちは、1日に一体何回鏡を見るのでしょうか?
朝起きて、洗顔する時、お化粧する時、髪をとかす時・・・化粧直しのコンパクト、百貨店のトイレに行けば鏡を見るし、時々駅のホームで見かけることもあるし、車の運転をするならバックミラーも鏡です。

身だしなみを整えるだけでなく、日常生活のさまざまな場面でお世話になっている鏡。
日本では、古来より信仰の対象だった事は、みなさんご存知だと思います。

鏡には魔力が宿ると実しやかに囁かれていますが、鏡の起源として現在確認されている最も古いとされている鏡は、黒曜石を磨いて作られた6000年前の鏡で、トルコ中部の遺跡から発見されたそうです。

古代メソポタミア、エジプト、ギリシャなどでは銀や銅を磨いた鏡が作られていたそうですが、当時から貴重だった鏡は神聖で霊力が宿るものとして大切に扱われていたそうです。

こぼれ話ですが、「mirror」(鏡)の語源は、「mirari」(英語: miracle)奇跡・不思議という意味のラテン語に密接に関連していると言われています。確かに原理は分かっていても鏡は神秘的なものですから、奇跡・不思議を連想させますね。

海外だけでなく、日本でも鏡は剣や勾玉とともに、古事記や・日本書紀にも登場し、祀具(祭具)として扱われていますが、弥生時代前期に中国から日本に鏡が持ち込まれた当時は、宗教・祭祀用具としての意味合いが強かったとされています。
卑弥呼の鏡「三角縁神獣鏡」(さんかくえんしんじゅうきょう)もそのひとつで、古墳時代には日本でも鏡の製造できるようになって、有力者の埋葬品として、多く使われるようになりました。

平安時代後期には、中国の唐鏡をもとにした「和鏡」が出まわりはじめ、桜や鶴や雀などの自然の動植物が描かれるようになりますが、鎌倉時代に入ると鏡の信仰が薄れ初め、江戸時代頃は鏡の大量生産が始まり、庶民にも手が届くようになってきます。

日本の祀具として最もポピュラーな鏡は、「神社」にお祀りされている鏡です。

神道は自然信仰なので、岩や木などに神様が宿ると考えられています。
その中で、鏡は神様が宿る“依代(よりしろ)”の一つと考えられているので、神社に行くと鏡が飾ってあるわけです。
道教の場合は、偶像崇拝なので神様が宿る依代として、仏像をお祀りしますが仏像の前にも鏡を置きます、

余談ですが、信仰を秘めて守った「魔鏡」というものをご存知でしょうか。
日本の神社では神の依代として扱われていた鏡ですが、江戸時代には迫害を受けていたキリスト教信者の心のよりどころになっていました。

フランシスコ・ザビエルが来日した1549年以降は、キリスト教の布教がおこなわれたこともあって、国内でもキリスト教信者が増え始めます。
しかし、1614年に徳川家康による禁教令でキリスト教信仰が禁止され、1637年の島原の乱の前後からは、幕府によって徹底したキリシタンの取り締まりが行われました。

当時のカトリック信徒(キリシタン)やその子孫は、国内からカトリックの司祭が追放された1644年以降、表向きは仏教徒として生活しながら、密かにキリスト教の信仰をするようになります。

当時は聖母マリアを飾ることが出来なかったので、キリシタンの人達は『慈母観音菩薩』を聖母マリアに「見立て」信仰を続けます。
そして、一見すると普通の鏡にしか見えない『鏡』に光を反射させることによって、鏡の内部に隠されたキリスト像を光で投影することができる「魔鏡」などを使り、明治維新後の宗教の自由まで200年以上も信仰を守り通します。

キリスト教の崇拝が許される時代が到来したことで、「魔鏡」は用無しとなり今ではこの魔境は製造されていないそうですが、個人的に一度見てみたいものです・・・・。

鏡のウンチクはこのくらいにして、今日は鏡が持っている反転術式について呟きます。

鏡には自分の顔がうつります(当たり前ですが・・・)
何の気なしに、鏡を覗いた時に自分の顔に何となく、違和感を感じた経験ってありませんか?

何が違う?と、説明するのは難しいけど、何か違う・・・。
意地悪そうな顔をしている、元気がない、生気がない、何か顔がボヤ〜っとしてる・・・。

ストレス、体調不良、睡眠不足、慢性疲労(笑)正当な理由をつければ色々ありますが、正当な理由を付けない場合は『魔が入ってる』というケースがあります。

例えば、他人からの嫉みや嫉妬などの強い感情が生き霊のようになって、あなた自身の体に入り込んでいる(一般的に生き霊憑いているってアレですね)場合。
本格的に霊がとり憑いている場合(怖いよ〜。)
突然死相が現れた・・・(突発死に御用心・・・。)
顔が呪われてる・・・(ほんまか?)

自分の顔に『魔が入った』と感じたら、自分の顔を鏡にうつして不運を幸運に反転させる術式があります。

『鏡の不運反転術式に用意するもの』

*開くと両面が鏡になっているもの。
*丸い形の鏡
*神様の眷属が細工されているもの(龍や鳳凰、虎、亀、蛇、鶏、鳥、狗など。)
*基本的に鏡は開光済のものが理想的ですが、されていない場合は神社に持ち込んで、自分でエネルギーをチャージしてから使用します。
神社でチャージをする場合は、きちんと神様に用途と事情を説明してお力を借りてください。

自分の顔に違和感を感じる時、不運が続く時、メンタルが不調の時などにこの術式を使用します。
まずは、身を清め(急いでいる場合は歯磨きくらいしておいてください)、鏡を開き自分の顔を映します。
息を3回鏡の自分に吹きかけ、
『ふてん』と最初に号令をかけてから、祈りを込めます。
次に、
『ひふみ ゆらゆら ひふみ ゆらゆら ゆらゆらとふるえ』を唱え光をイメージしてください。
光で邪悪なものが焼き尽くされていくイメージです。

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